秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会


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歴史

全日本大学駅伝がスタートしたのは1970年。「全国の大学が出場できる、大学駅伝日本一を決める駅伝を」と、東海学生陸上競技連盟と朝日新聞名古屋本社が中心となって企画。各地区学連にも呼びかけ、企画から1年後の3月に開催実現となりました。各回のさまざまなエピソードを、写真とともにご紹介します。

第16回大会開催日/1985年1月20日 区間/7区間 距離/108.9km

波乱含みのレース展開日体大が競り勝ち優勝

第16回大会

最終区7区まで順位が目まぐるしく入れ替わる熾烈な戦いとなった。1区は福岡大をトップに、1分以内に7校がなだれ込む激戦。2区は日体大がトップ福岡大に33秒差で続くが、最長区間の3区で予想外の出来事が。日体大の仲西浩選手が残り距離を間違えてスパートしたため、調子を崩して4位に後退。日大が首位を奪った、5区では福岡大の伊東増直選手が驚異的な力走でトップに。しかし日体大は、6区丸山一徳選手が追い上げ、首位大東文化大に13秒差の3位に迫ると、7区の足立幸永選手が東農大、大東文化大を抜き、ゴールイン。2年ぶり8回目の優勝を飾った。2位は1分34秒の差で東農大、3位には大東文化大が続いた。