秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会


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歴史

全日本大学駅伝がスタートしたのは1970年。「全国の大学が出場できる、大学駅伝日本一を決める駅伝を」と、東海学生陸上競技連盟と朝日新聞名古屋本社が中心となって企画。各地区学連にも呼びかけ、企画から1年後の3月に開催実現となりました。各回のさまざまなエピソードを、写真とともにご紹介します。

第17回大会開催日/1986年1月19日 区間/7区間 距離/108.9km

関西勢初の快挙、京産大が独走で優勝

第17回大会

過去最高が7位(第11回)という京産大が快挙を成し遂げた。2位には最終区で4人抜きを見せた日大が食い込み、日体大、専修大の関東勢がそれに続いた。福岡大、京産大、専修大、大東文化大らで競り合ったレース前半。3区で京産大のエース泉宜廣選手が快走し、激戦から抜け出すと、5区でも名倉直也選手が区間最高の力走を見せ、2位に2分50秒差をつけ、独走態勢に入った。京産大はこれで一気にゴール、関西勢では初めての覇者となった。有力候補だった大東文化大は、アンカーが途中で何度も吐くなど、体調を崩し、2位から19位に転落するという思わぬ結果に。スタートでつまずいた中京大は3区のエースも奮わず、10位にとどまった。