秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会


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歴史

全日本大学駅伝がスタートしたのは1970年。「全国の大学が出場できる、大学駅伝日本一を決める駅伝を」と、東海学生陸上競技連盟と朝日新聞名古屋本社が中心となって企画。各地区学連にも呼びかけ、企画から1年後の3月に開催実現となりました。各回のさまざまなエピソードを、写真とともにご紹介します。

第21回大会開催日/1989年11月5日 区間/8区間 距離/108.9km

大東文化大、積極策で6度目の優勝

第21回大会

大東文化大は1区で4位とつまずいたものの、終始、積極的なレースを展開し、6年ぶりに王座についた。4位でタスキを受けた2区実井選手が力走し、8km付近でトップに躍り出ると、続く3区広藤選手、4区大津選手が最初から意欲的に飛ばし、2区中継所での差20秒を1分57秒に広げた。後半で逆転を狙う日大は7、8区で力のある4年生を投入。8区でトップの大東文化大に約100m差まで迫る場面もあったが、力及ばず2位に。3位には出場3回目の山梨学院大が8区のオツオリ選手の区間新を出す快走で食い込んだ。前回優勝の日体大は1区で大きく出遅れたのが響き、先頭集団に加わることなく、