秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会
10/0726
更新時間 21時03分
梅雨が明けるやいなや、猛暑に襲われた日本列島。1万メートル競走であった東北地区選考会が行われた7月18日の仙台市陸上競技場も、スタートの午前9時には気温が30度を超えた。第1組で昨年出場の東北大の選手がゴールできず、チームごと棄権扱いとなる波乱が起きた。
そういったなかで5大会ぶりの出場を決めたのが東北学院大だった。第5回大会から全日本に出場した古豪だ。全2組でそれぞれ5位以内に入った選手はいなかった。全員が大崩れせずに走ったことで、代表の座をたぐり寄せた。
が、遠藤監督は「実力で勝ったわけではない」と話した。本当は競り合うはずだった東北大の棄権によって転がり込んできた代表、ということを肝に銘じているからだという。手放しで喜ぼうとした選手たちをたしなめて、胴上げをやめさせた。
選手たちも分かっている。伊東主将(3年)は「全日本でも同じような走りで最後までたすきをつなぎたい」と神妙な口調。全日本で好成績を納めることで大いに喜ぼう。そう誓ったという。
暑さを考慮して、集団の中ほどに位置する東北学院大の選手=仙台市陸上競技場、岡田健撮影
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10/0723
更新時間 20時26分
全日本に2年連続出場を決めた名古屋大。名古屋市の瑞穂陸上競技場であった選考会で、応援する部員の中に、世界の舞台で戦おうとしている女子選手がいた。
鈴木亜由子(1年)。カナダでの世界ジュニア選手権5000メートルに出場して、7月21日、見事に5位に入賞した。タイムも15分47秒36の好記録、自己ベストだった。
彼女は、愛知県豊橋市立豊城中2年だった2005年、全国中学の800、1500メートルで優勝した。翌年は1500メートルで史上初の連覇を達成。800メートルでは当時の中学歴代2位の記録をつくった。
2007年春、時習館高(愛知)に進学。ところが右足甲を2回、疲労骨折して手術し、最初の2年をほとんど棒に振った。「スピードを出すのが怖かった」と振り返る。足の負担を減らすため、かかとから着地する走り方に変えた。中距離ほどスピードを求められない3000メートルに力を入れ、3年生の全国高校総体では8位。都道府県対抗駅伝にも3年ぶりに選ばれた。
今春、名古屋大経済学部に入った。関東の強豪から誘いもあったが「陸上と、他のことを両立する先輩方と一緒に取り組むことで視野を広げたかった」。自主性が尊重される練習環境にもひかれたという。
5月の東海学生対校では5000メートルを初めて走り、16分8秒41の大会新で優勝。関東学生対校での伊沢菜々花(順大1年)の優勝タイムを上回る好記録。小学校時代のクラブの同級生、伊沢とともに世界ジュニア代表に選ばれた。
日の丸を付けるのは初めてだ。「まずは故障なく、しっかりと練習を積みたい。そうすればまた上も見えてくる」。再び、世界を目指し、まず結果を出した。その姿勢は、男子部員の励みにもなっている。
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10/0705
更新時間 23時50分
国士舘大は、20大会ぶりの出場を決めた。第3組終了時は出場圏外の7番目だったが、第4組の藤本拓と伊藤正樹の3年生2人が粘った。
拓大のケニア人留学生2人が速いペースで逃げたが、2人は6、7人の第2集団のなかでしっかりとくらいついた。伊藤が6番、藤本は8番でゴールし、チーム順位を3位まで押し上げた。
藤本は5月の関東学生対校選手権の5000メートルで初優勝した。日本選手権にも出場した鎧坂哲哉(明大)、村沢明伸(東海大)、長谷川裕介(上武大)を押さえたことで、自信をつけていた。
だが今回は大会直前にチョコレートを食べていて、右奥歯が欠けたことで消化不良を起こした。当日も本調子ではなかったというが、「団体戦だからあきらめずに粘った」と話した。五十嵐駅伝監督は「3年生が力を付けてくれたことで、チーム力が上がった」と喜んでいた。
20大会ぶり出場の原動力となった2人の3年生、伊藤正樹(左)と藤本拓(左から2人目)=国立競技場で
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岡田 健
(おかだ・たけし)
記者13年目。専門は卓球、バレーボールなどの球技ですが、昨年からの大学駅伝担当を機に走ることのおもしろさに目覚め、自分でも走り始めました。今年の目標はハーフ完走。74年生まれ。奈良県出身
主催:[社]日本学生陸上競技連合/朝日新聞社/テレビ朝日/メ~テレ/