秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会
10/0704
更新時間 01時35分
昨年の全日本、箱根両駅伝で1年生ながらエース区間2区を任され、ともに区間2位と結果を残した村沢明伸(2年)を擁する東海大は、今年、飛躍が期待できるチームの一つだ。村沢は同期の早川翼とともに最終第4組を走った。
前半から、拓大の2人のケニア人留学生がハイペースで逃げる展開になった。村沢、早川は2人とも無理に追わず、第2集団を形成。ところが村沢にいつもの切れ味がなかった。
村沢は大会2週間前に発熱し、体調が万全ではなかったという。いつもなら留学生にも果敢に勝負を挑むが、団体戦ということを意識して、しっかりまとめることを最優先した。結局、ゴールは日本人選手3番目だった。早川もしっかり走り、チームはトップで出場を決めた。
ただ村沢には不本意だったのだろう。口をついて出た言葉は神妙だった。「全日本の本番では体調をしっかり整えたい」。6月の日本選手権5000メートルでは、国内トップの社会人を相手にして8位。7月19日からの世界ジュニア選手権でもメダルが期待される。ロンドン五輪出場も視野に入れているからこそ、どんなレースであっても妥協したくない。そういう姿勢が見えた。
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10/0702
更新時間 09時20分
6月26日にあった関東地区選考会。個人的に台風の目になると思っていたのが日体大だった。だが、もがき苦しんだ。
昨年、普段ほとんど付き合いがない跳躍パートの部員の不祥事で、長距離まで自粛の渦に巻き込まれた。全日本の選考会出場を許されなかった。
彼らは「今年こそは」という思いを込めて、選考会に挑んだ。第2組終了時、出場圏外の6番目だった。第3組、1年生の本田匠の足取りがおかしい。何とか40人中29番目にゴールしたが、倒れ込んだまま動かない。担架で運ばれた。第3組終了時もまだ6番目だった。
そこで第4組の4年生、出口和也が奮起した。拓大のケニア人留学生2人が飛ばす中、ペースを崩されず、ラスト勝負にかけた。日本人トップの3番目でゴールしたことが効いて、ぎりぎり5位で選考会を抜けた。出口は「本田が倒れた。僕がやってやらなきゃという思いだけで走りきった」
エース格の1人、福士優太朗が直前の風邪で欠場した。1万メートルのレースをほとんど走ったこと がない1年生2人に託さなければならないほど、戦力は整わなかった。本田は脱水だったが、その後に回復して事なきを得た。選考会直後の別府監督は「かなり苦しかった。出場権を取れたことでよしとしないと」とホッとしていた。
集団で競り合う日体大の出口和也(1)=6月26日、国立競技場、岡田健撮影
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10/0617
更新時間 10時41分
さみしい話です。
三重中京大(三重県松阪市)が6月27日(日)の東海地区選考会に出てこないという。
大学は2013年3月での廃校を決めている。地方の私大は少子化による学生数減に苦しむが、三重中京大も例外ではなく、入学者の定員割れが続いていた。
陸上部も昨年の4年生が抜けて、選考会エントリーに必要な人数ギリギリの8人になった。今年から新入生は入ってこない。姉妹校の中京大に転校できる制度があり、市武徳監督が部員に勧めた結果、2年生2人が応じたという。人数が足らなくなり、廃校までまだ3年弱残して、選考会に出られなくなった。
昨年の選考会では6位。昨冬の東海学生駅伝では、全日本に出た中京大と名大、出雲駅伝に出た愛工大に続いて4位に入った。5月の東海インカレの5000メートルでも、中田剛司選手(4年)が3位に入り、力を見せていた。それだけに市監督は「今回の選考会は出られていればおもしろかっただろうな」と無念を隠せない。
「選考会に出場できず、がんばってくれていた部員には悪いことをした」。電話口での監督のさみしげな声に、僕も何と声をかけたらいいかわからなかった。
写真は昨年の選考会前に取材に訪れたときのものです。
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岡田 健
(おかだ・たけし)
記者13年目。専門は卓球、バレーボールなどの球技ですが、昨年からの大学駅伝担当を機に走ることのおもしろさに目覚め、自分でも走り始めました。今年の目標はハーフ完走。74年生まれ。奈良県出身
主催:[社]日本学生陸上競技連合/朝日新聞社/テレビ朝日/メ~テレ/