秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会
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カテゴリ【歩くデスク 熱田から伊勢へ】 更新日 2011年10月26日 23時55分
この企画、移動手段は基本的に2つしかありません。
歩くか、鉄道か。
歩くのも楽しいですが、電車に乗るのも楽しい。
海山道(みやまど)、磯山、漕代(こいしろ)。この企画がなければ、きっと縁のなかった駅ばかりです。
愛着が湧きます。
私のパソコンでは、こいしろと打ち、変換キーをたたくと、「漕代」「恋しろ」の二つしか出てきません。
二つは関係あるのでしょうか?
近鉄特急です。
昔、乗務員からおしぼりを手渡してもらった記憶があります。
今は洗面台に置いてあり、「1人1つでお願いします」と但し書きがありました。
前回フィニッシュした漕代駅からスタートします。大会のコースである三重県道37号は歩道がない場所があり、危ないので、ほぼ平行に走る県道428号を歩きます。
この道は、かつての伊勢街道。江戸時代を中心に、「おかげ参り」の人々でにぎわった道です。
名残が今も残っていました。
外宮まであと三里、と読めます。
伊勢市駅近くの外宮まで、12キロ。
もう一踏ん張りです。
この日は10月23日。蒸し暑かったですが、確実に秋は深まっていました。
山口百恵を連想する世代です。
抜け道なのか、車の量は多かったですが、歩きにくいほどではありません。
玄関に「笑門」と書かれたお飾りをしている家が多いです。幸せを呼んでくれそうです。
松阪市から明和町に入り、しばらく行くと、「明星」という駅がありました。読みは、みょうじょう。懐かしい響きです。
こんな標識もありました。
帽子を気にした方が、と思わずツッこみたくなります。
1時間あまり歩くと、伊勢市へ入りました。「明野」の地名で思い出したのは、高校野球。かつて甲子園で活躍した明野高校は、この近くのようです。ダイエー、ソフトバンク、巨人で活躍した大道選手の出身校。
突き当たりを右に曲がり、伊勢方面へ。37号線に戻るため、南に進みます。途中、有名な「へんば餅」のお店もありました。
しかし、目標になかなかたどり着けません。曲がりくねった道を行き、伊勢を流れる大きな川、宮川に出た時は、もう真っ暗。歩道のない川沿いの道を、車を避け、がむしゃらに進みます。
やっと着きました。
度会橋の欄干です。
海女のレリーフをあしらっています。ちなみに向こう岸の欄干は、真珠のレリーフでした。
歩道はしっかりあります。気持ちにゆとりができます。
度会橋を渡りきった後、また横道にそれ、商店街のアーケードを探索してみました。
店頭に飾ってありました。
少年隊を思い出します。
午後6時半すぎ、伊勢市駅に到着。
8区はあと5キロほどですが、ゴールの楽しみを取っておくため、この日はここでフィニッシュ。
近鉄伊勢市駅のプラットホームで売っていました。
三重大学グルメは、以前紹介したお酒だけではありませんでした!
店員の女性に「カレーうどんにするとおいしい」と教えられ、思わずもう一つ買いました。
《メモ》
スタート 漕代駅(松阪駅から近鉄で約10分)
↓
↓ 約13キロ
↓
フィニッシュ 伊勢市駅(名古屋から近鉄特急で約1時間20分)
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カテゴリ【出場校紹介】 更新日 2011年10月26日 08時32分
北海道地区選考会をトップ通過し、8大会連続20 回目の出場を決めた札幌学院大です。
《これまでの主な成績》
《ユニホーム》
《指導者》
鹿内万敬監督(しかうち・かずのり) 38歳
北海道雨竜町出身 北海道・深川西高→札幌学院大 大学在学中、全日本での過去最高成績だった25、26回大会でそれぞれ4区、2区を走った。大学卒業後に母校に就職し、コーチに。2001年から監督。夜間ではグラウンドに照明がないという環境で鍛錬の日々です。「10年かけて何とか北海道の代表校と呼ばれるようになってきましたが、でもまだまだ。さらにどう頑張っていくかです。過去最高の19位を越えるのが目標です」
《チームの柱》
治田全貴主将(はるた・まさたか) 4年 22歳
北海道・恵庭北 171センチ 58キロ
全日本は2009年6区、10年4区を走りました。10月の出雲駅伝では北海道学連選抜チームの一員としてアンカー6区を走って区間14位。「出雲では体調がそれほどいいとは言えないなかで、自分なりにある程度刻むことができました。それを踏まえると、全日本に向けてそれなりにいい流れをつかめていると思います。最後の伊勢路ですし、とにかく悔いの少ないレースをしたいと思っています」。
《記者の注目選手》
藤山智史選手(ふじやま・さとし) 4年 21歳
北海道・東海大四高 168センチ 53キロ 全日本は2009年に3区を走り、昨年は2区を任されました。チームの中心選手の一人として、今年も前半区間を任されそうです。10月の出雲駅伝では北海道学連選抜の一員として1区を区間15位。「大学最後の年ですが、けがもなく順調に来ていると思います。ものすごい走りをするのは難しいですが、チームに貢献できる堅実な姿勢を見せることができればと思っています」。
北川昌宏選手(きたがわ・あきひろ) 1年 18歳
北海道・滝川西高 174センチ 57キロ
今後の成長が楽しみなルーキーの一人です。10月の出雲駅伝では北海道学連選抜の一員に選ばれ、2区を走って区間17位と大きな経験を一つ積みました。「戸惑うことも多いですが、何とか順調に来ていると思います。やるからには、強豪ぞろいの関東の1校を崩すぐらいの気持ちで走りたいと思っています。自分がレースを作っていくぞというぐらいの気持ちでいきたいです」。
手塚大亮選手(てづか・だいすけ) 2年 22歳
栃木・真岡北陵高→重川材木店 165センチ 55キロ 高校卒業後、一度は実業団で駅伝などに出場した。高校時代は山岳競技で国体にも出場した経験を持ち、フルマラソンを2時間台で走ったことも。今やチームのムードメーカーの一人です。「大工さんの見習いのようなことをしながら競技を続けていた。今はその時のきつかった経験が今に生きていると思います。今年に入って5000メートルで14分台も出せていますし、調子はいいです。チームに貢献する走りを必ずやお見せします。ご期待下さい」。
※年齢は2011年11月6日現在
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カテゴリ【出場校紹介】 更新日 2011年10月25日 08時44分
昨年の全日本で5位に入賞し、シードでの出場を 決めている東海大です。
初出場は第9回大会(1978年)で6位。以降、コンスタントに伊勢路に出場し、35回大会(2003年)に初優勝を遂げています。最近5大会の成績は、不出場、4位、12位、9位、そして前回の5位です。
《ユニホーム》
スクールカラーのスカイブルーが基調の鮮やかなユニホームです。胸には白抜きで校旗が浮かび上がります。十字の線は横が愛、縦が正義とのことです。下にも白抜きでシンボルマークが配置されています。
《指導者》
両角速監督(もろずみ・はやし) 45歳
東海大三高→東海大 長野県出身
東海大では箱根駅伝に4度出場。日産自動車、ダイエーなどで活躍した後、1995年に長野・佐久長聖高に赴任し、全国有数の強豪校に育て上げた。今春から母校の指導にあたっています。「高校と違って大学は大所帯です。まずはしっかりした組織づくりを進めていきたい。今季に関しては、預かった選手たちの長所をまずは伸ばすことを心がけ、結果につなげていければと思います」。
《チームの柱》
栗原俊主将(くりはら・しゅん) 4年 22歳
熊本・九州学院 171センチ 55キロ
全日本は3年前の2008年に3区を走った経験がある。「走力では村沢たちにかないませんが、練習に打ち込む姿勢を後輩にどんどん見せていきたいと思っています。下級生も含めて、秋以降が楽しみなチームだと思います。目標はどの駅伝も何とか3位以内です。自分自身は最終学年ですし、悔いのない時間を過ごしたいと思っています」。
《記者の注目選手》
村沢明伸選手(むらさわ・あきのぶ)3年 20歳
長野・佐久長聖高 166センチ 52キロ
大学長距離界の逸材の一人。今や学生の枠を越えて実業団の選手とも渡り合え、世界を目指すランナーです。4月には1万メートルで28分0秒78の快記録をマーク。アジア選手権銅メダルとさらなる飛躍を続けています。「タイムをそこそこ出せているので、力はついて来ているかなという実感はあります。ただ、世界を目指すにはまだまだだという思いもあります。さらに練習を積んでいきたいです。駅伝では少しでも上の順位に向かって全力を尽くします」。
元村大地選手(もとむら・だいち) 2年 19歳
熊本・九州学院高 167センチ 54キロ
昨年の全日本は4区を走って区間11位。今年の箱根駅伝では3区を区間3位と着実に力をつけ、今後のチームの柱になる一人です。「今季前半戦は若干の故障がありましたが、徐々に持ち直しています。走りに関しては勝負強さがまだまだ足りないなと感じています。速いランナーであると同時に、村沢さんのように強いランナーになれるよう頑張りたいと思っています」。
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巌本 新太郎
(いわもと・しんたろう)
これまではプロ野球、高校野球、サッカーなどが主な担当でしたが、今年から、駅伝を含めた一般スポーツの担当になりました。73年生まれ、大阪府出身。よろしくお願いします。
主催:[社]日本学生陸上競技連合/朝日新聞社/テレビ朝日/メ~テレ/